主治医と相談の結果、手術日が3週間後の7月30日に決まったため、そこから準備を始めました。
それまで一個人でおさめていた事だったので、ここで初めて職場の上司に相談します。
少し前まで体調を崩して休職していた上司がいたので、いざという時頼りになると思い相談しました。
当時は休職にまでなるとは微塵も思っていなかったので、有給を使って2週間ほど調整しました。
その相談中、まさかの事が判明します。
その上司の休職理由も癌だったのです。
仕事にも復帰して働いている姿もそうですし、まだ良性悪性が分かっていない段階の僕にとって、悪性であった時にも相談しやすい人を見つけたなという思いと共に、シンプルに勇気が湧きました。
その上司には、今置かれている状況を話し、直近の勤務を調整するとともに、万が一長期休みになることも鑑み、この話を上司間で共有することをお願いしました。
結果として、手術の前々日まで働くことにしました。
この頃には普通にしていても腫れが分かるほどにはなっていましたが、首から下は元気であること、休暇を後々にむけて無駄に使いたくないこと、そして何より、家で悶々としている方が、精神的に蝕まれる気がして動いていたかったことが重なり、働く選択をしました。
途中1日、手術に向けた検査も行われ、自分だけでなく先生からもやはり成長している気がすると言われ、早く摘出して欲しいという気持ちで溢れました。
そしてこの時に後遺症について説明されたのですが、その中でも念を押して言われたことがさらに不安を煽ります。
「頭を開いてみないと腫瘍がどのように点在しているか分からない。そして耳下腺のある場所は顔面の神経の側で、場合によってはその神経に絡んでいたり浸潤していたりすることもある。その場合は、命を優先して神経を取るので、顔の左側が動かなくなる可能性がある。これは承知しておいてください。」
あー顔動かなくなるのかもしれないのか、、
しかしそれを残せば死ぬ選択しかありません。
まだまだやりたい事もあり、たまたま巡り合いでこのような機会を頂いたので、ミスミス逃す訳にもいきません。
手術をする事自体もとても怖かったのですが、生きることを絶対に諦めたくないので、あると判明した時点で腹は据えていました。
入院前の準備では、シャンプー類や歯磨き、ティッシュペーパーなどは準備するように言われていましたが、パジャマやタオル類はレンタルを推奨されていました。
しかし、万が一のことを想像してストレスから来る散財に走ってしまい、パジャマとタオルも準備してしまいました。
実際には血などで汚れたりする上、トータルコストで見たら安くなるので、レンタルがオススメです。
落ち着かない日々がゆっくりと進んでいきました。
6部ではいよいよ入院〜手術についてお話しします。

